謎解き洛中洛外図 (岩波新書)

謎解き洛中洛外図 (岩波新書)

読み終わりました。
上杉本の洛中洛外図をめぐる謎――いつ、誰によって、何のために描かれたのか――に挑む著作なのですが、ただの論文ではなく、かといって単なる読み物でもなく、すごく面白い構造の本でした。
研究者、ここでは主に歴史家としての筆者が、どのような手順で物事を明らかにしていくのか、それを順番に記すことで、読者も一緒に謎を解くような感覚で話が進みます。著者が冒頭で書いている通り、推理小説のような作りです。
ただ、その方法は本物の歴史家のものであり、一編の研究論文を作り上げる時にたどる紆余曲折を、先行研究の丁寧な洗い出しから、新資料の模索、自己批判の過程まで含めて記しています。そして導き出された結論は、一連の上杉本論争を踏まえたうえでの、現時点で最も説得力のあるものとなっています。

つまり、研究論文としても、読み物としても充実した内容の本なのです。これはすごい。これから研究というものをしよう、という学生さんにぜひ読んでもらいたい本です。

その本の中から、抜き書きを一節。

生の<事実>などあるわけではなく、ただ<私>の解釈によって示されているかぎりでの<事実>が提示されているだけである。
黒田日出男 『謎解き 洛中洛外図』岩波書店、1996年、203-204頁

すべての研究論文の冒頭には、このセリフが暗に含まれているものだと思うのだけど、あらためて明記することも、時々は必要なんだろうなぁと思いました。忘れている人も、もしかしたら気付いてない人もいるのではないか。これは文系に限らず、理系の論文にだって言えるはずだ。